第106回
山崎 昶先生が答える化学質問箱
回答者プロフィール
やまさき・あきら
1937年生まれ.東京大学理学部化学科卒業.
元日本赤十字看護大学教授.
おもな著書に「化学の常識なるほどゼミナール」「落語横丁の化学そぞろ歩き」「機密保持と化学」「ミステリーの毒を科学する」,訳書に「化学するアタマ」「先生を困らせた324の質問」「サイエンティスト ゲーム」「続 サイエンティストゲーム」など多数.
山崎 昶先生が答える化学質問箱
第106回 (2011/12/16更新)rss
Q. 「Flood diagram」って,化学では何か別の意味なんですか?
Q. 最近話題となっている「ISL法」というウランの採鉱法があると聞いたのですが,どんな方法なんでしょう?
Q. 実験室で目にする試薬瓶なんですが,お年を召した先生が「オンス瓶」とか「ポンド瓶」とよくいわれるのを聞きました.どうしてこう呼ばれるんですか?
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Q.  「Flood diagram」って,化学では何か別の意味なんですか? インターネットでは海水面の変動での海岸線の変動を示した画像で,津波や高潮の予測に役立つものだとなっていますけれど,全然違うものらしいんですが.
A.

 インターネットで見られる洪水マップや海水面昇降マップもたしかに「Flood Diagram」なんですが,化学の方で言うのは,英語では同じ綴りでも「フロートの図表」とよばれる,弱酸や弱塩基を純水で希釈したときのpH変化を図示したもののことです.横軸に希釈度の余対数(常用対数の符号を変えたもの),縦軸にpHをとって,いろいろな解離定数の弱酸や弱塩基の濃度(希釈度)とpHとの関係を図示したものです.便利なので以前には日本分析化学会編の「分析化学データブック」にも掲載されていましたが,最新版では外されてしまったようです.
 このフロート(Håkon Flood〔1905-2001〕)はノルウェイの物理化学者で,融解塩中の酸塩基平衡や珪酸塩の化学などの大権威でありました.彼はまたLux-Floodの酸塩基理論(酸はO2-の供与体,塩基はO2-の受容体とする理論)でも有名であります.

Q.  最近話題となっている「ISL法」というウランの採鉱法があると聞いたのですが,どんな方法なんでしょう? 何でも地面に濃硫酸を注ぎ込むんだとか聞いたのですが.
A.  これは特殊な地層構造中のあまり品位の高くないウラン鑛石から,ウランだけを溶液の形として採取する方法で,in situ leaching(現場溶出法?)の省略形です.そもそもは1960年代,つまりもう半世紀も昔にアメリカで考案された方法なので,そんなに目新しいものではないのですが,2枚の不透水性の粘土層に挟まれた砂岩層があって,この砂の表面に吸着しているウラン(含有率にして1パーセントにも満たないもの)を洗い出して採取する採鉱法なのです.まず砂岩層まで届く井戸を掘って地下水を汲み上げ,これに酸化剤(過酸化水素か加圧酸素)と錯形成試薬(希硫酸を用いるときと,炭酸ナトリウムを用いる場合があるそうです,これは砂岩の組成によって使い分けるのだとか)を添加して,別の二番目の井戸から圧力を加えて押し込むのです.もう一つ別の三番目の吸上げ用の孔を掘っておき,これからウランの溶け込んだ地下水を汲み出して,イオン交換用のカラムに通じてウランを採取し,錯形成剤や酸化剤などの減った分を追加してからまた二番目の押し込み用の孔へと戻すのです.この砂岩の砂粒子の表面に吸着しているウランは不溶性のU(IV)の酸化物や塩基性珪酸塩の形なのですが,酸化してU(VI),つまりウラニルイオンの形に変えて錯形成を行わせると,使用した試薬によってそれぞれ[UO2(SO4)3]2-,[UO2(CO3)3]2-のような水溶性の錯イオンができますから,あとは陰イオン交換で集めればウランだけがとれます.もちろん何年かするともう採取できなくなりますから,別の場所にまた井戸を掘り直して同じことを繰り返します.採鉱処理済みの地下水は,酸化剤や錯形成剤を取り除いてからもとの井戸へと戻してやるのです.
 この方法だと,普通の採鉱法だと必ず問題になる大量の鉱滓(何しろ低品位鉱石ですから,ものすごい量の鉱滓がでてきます)の処理が不必要となりますし,地面の陥没被害などの可能性も大幅に減少します.現在ではアメリカやオーストラリアなどのほか,カザフスタンやウズベキスタンなどの大産地で,この採取法に適した地質構造の場所が多いため,もっぱらこのISL法でかなりの規模のウラン採掘が行われていると言うことです.
Q.  実験室で目にする試薬瓶なんですが,お年を召した先生が「オンス瓶」とか「ポンド瓶」とよくいわれるのを聞きました.どうしてこう呼ばれるんですか?
A.  「ポンド瓶」は内容が500gのもの,「オンス瓶」は25gのものを指します.これは化学よりも薬学や医学の分野で呼ばれてきたものの流用だということです.英国のヤード・ポンド単位系だと,1ポンドは453.6g,1オンスは28.34g(現在ではSI単位系基準なのでもっと有効数字はたくさんあります)ですから,おおまかにはそれぞれ500g,25gとして構わないとされたのでしょう.もっともドイツ語圏の1ポンド(Pfund)はかなり以前から500gになっていますし,1オンス(Unze)は約30gに当たる重量(これは現在の「薬衡オンス」に近いです)を指していますから,実験器具名などでドイツ風のシステムを永年愛用されてきた医学や薬学での用語がまだ生きている例かも知れません(なお,オランダでの「オンス」はまた違って100gのことだそうです.「ポンド」はドイツと同じ500gなのですが).