第167回
山崎 昶先生が答える化学質問箱
回答者プロフィール
やまさき・あきら
1937年生まれ.東京大学理学部化学科卒業.
元日本赤十字看護大学教授.
おもな著書に「化学の常識なるほどゼミナール」「落語横丁の化学そぞろ歩き」「機密保持と化学」「ミステリーの毒を科学する」,訳書に「化学するアタマ」「先生を困らせた324の質問」「サイエンティスト ゲーム」「続 サイエンティストゲーム」など多数.
山崎 昶先生が答える化学質問箱
第167回 (2017/02/01更新)rss
Q.

その昔,レントゲン撮影の造影剤に,酸化トリウムのゾルが使われたことがあると,さる年配のお医者様から伺った事があります.そんなものを体内に注入して,放射線障害を引き起こす危険性などなかったのでしょうか?

Q.

ずいぶん以前に祖母が愛唱していた「浦のあけくれ」,この中に「海女の囀り,黄昏れつつ」という歌詞があるんですが,これ,何を意味しているんでしょう?

Q.

モーゼ(モーセ)効果って,どんな現象なのでしょう?

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Q.

 その昔,レントゲン撮影の造影剤に,酸化トリウムのゾルが使われたことがあると,さる年配のお医者様から伺った事があります.そんなものを体内に注入して,放射線障害を引き起こす危険性などなかったのでしょうか?

A.

 X線は核外電子によって散乱を受けますので,原子番号(Z)の大きな元素ほど有効ですから,有機化合物の場合なら,ナトリウム(Z=11)やカリウム(Z=19)でも十分に,いわゆる「重元素」としての検知が可能で,毒物の検出に使えたのは,「タイレノール殺人事件」などでおなじみです.トリウム(Z=90)は通常の造影剤であるバリウム(Z=56)よりもずっと原子番号が大きいので,散乱能も大きく,通常のX線撮影の場合よりもはるかに微細な体内器官の撮影に適していると言うことで,一時期愛用されたということです.天然のトリウム-232は半減期が著しく長いので,当時の通常の計数装置ではおそらく検出限界すれすれで,ラジウムやポロニウムに比べると,放射線障害など無視出来ると見なされたのかも知れません.
 この方法の提案者は,ロボトミーの考案者として有名なポルトガルのエガス・モーニッシュ(後にノーベル医学・生理学賞を授与されました)だったのですが,脳血管造影などにいろいろな所で試みられて好結果を得たようです.ところがこの酸化トリウムゾルの体外への排泄は,当初の予想ほど早くはないことがわかってきました,どうしても一部分が体内のあちこちの器官に残留して,その結果長年月の間にα粒子による放射線障害が無視出来ないほどになるというのです.
 はじめの頃は余命があまりない重症の患者が主対象だったので,この様な影響は無視可能だったのでしょうが,やがて応用例が増加してくると,生存年月が当初の予想よりもずっと長い患者が増えてきて,被害が顕著となってきたというのが事実だろうと考えられます.

Q.

 ずいぶん以前に祖母が愛唱していた「浦のあけくれ」,この中に「海女の囀り,黄昏れつつ」という歌詞があるんですが,これ,何を意味しているんでしょう?

A.

 この古い唱歌(中等唱歌)をご存じの方も年々減ってきていると思いますが,外国の曲("Ye Shepherd Tell Me"というタイトルで,イタリア系イギリス人のJoseph Mazzinghi の作曲)なのに,明治の先人(吉丸一昌作)によって,全くかけ離れた内容ながら抑揚や息継ぎなど実に見事に日本語の歌詞に置き換えられていて,後世のわれわれは感服するばかりです.
 この「海女の囀り」,むしろ「磯笛」の名で知られている習慣の文学的表現でしょう.一部の注釈にあるような「女達の世間話」というのはいくらなんでも酷すぎます.潜水を得意とするわが国の海女さんの暮らしぶりは,NHKの朝ドラの「あまちゃん」でも取り上げられましたが,海中から浮上して肺に溜まった空気を呼気としてはき出す際には,呼吸器官を傷めないように唇をすぼめて息を吹き出しています.この時に口笛の様な鋭い音がしますので,以前から「磯笛」と呼ばれてきました.この音は以前から鳥のさえずり,特に「ウソ(鷽)」の声によく例えられてきたので,このような雅名で呼ばれたのでしょう.口笛を吹くことを「うそ」を吹くということも古文の世界ではよく見受けます.

Q.

 モーゼ(モーセ)効果って,どんな現象なのでしょう? 以前にさる先生の講演で「強力な磁場が水に作用したときモーゼ効果が現れるのです」と伺ったのですが,時間がなくてそれ以上の詳しいお話は聞けませんでした.

A.

 水は反磁性物質の典型でもあるのですが,反磁性の大きさは通常の常磁性物質に比べると桁違い(文字通り何桁も小さいのです)なので,ほとんどの場合にはその影響は無視可能なのです.でも最近は極めて強力な磁石製作することも可能となったので,これを利用して強い磁場を発生させ,そこにガラス容器に封じた水を差し込んで観察すると,磁場の強い部分から水が退けられて両側に壁を作るように水面が変形することが確かめられました.
 これはまさに旧約聖書の出埃及(エジプト)記で,予言者のモーゼがイスラエルの民を導いて紅海を横断する場面さながらということで「モーゼ(モーセ)効果」と呼ばれるようになりました.リドリー・スコット監督、クリスチャン・ベール主演で旧約聖書「出エジプト記」を描いた『エクソダス:神と王』という映画の一場面として,あちこちに紹介されていますが,特殊撮影の苦心は大変であったろうと思われます.
 なお実験室での画像をご覧になりたければ,下記のウェブページなどがよろしいでしょう(ただ,「ネオジウム」などという物理学方言が麗々しくつかわれて居るのは,よろず正確な表現を主張される物理学者の面々の平素の言動とは矛盾きわまりないと存じる次第ですが).
   強力磁石によるモーゼ効果
 「聖書考古学」のさる権威によると,この紅海の渡渉は,現在のスエズの町のそばにその昔あった長い砂州が舞台で,大潮の干潮時にのみ大勢の人数が通過可能であった場所だったろうということです.追撃してきたパロ(ファラオ)の軍勢は,陸戦では勇猛ではありましたが,潮の干満に関する知識が皆無だったため,砂州の途中で潮が満ちてきたために,なすすべもなく溺れて生命を失ったのであろうというのです.真偽のほどはエホバのみがご存じでしょうが.