第158回
山崎 昶先生が答える化学質問箱
回答者プロフィール
やまさき・あきら
1937年生まれ.東京大学理学部化学科卒業.
元日本赤十字看護大学教授.
おもな著書に「化学の常識なるほどゼミナール」「落語横丁の化学そぞろ歩き」「機密保持と化学」「ミステリーの毒を科学する」,訳書に「化学するアタマ」「先生を困らせた324の質問」「サイエンティスト ゲーム」「続 サイエンティストゲーム」など多数.
山崎 昶先生が答える化学質問箱
第158回 (2016/4/26更新)rss
Q.

以前ネットの英文の記事で,満月を「Blue Moon」と記載されていました.「蒼い(青い)月」ってどんな天体現象なんですか?

Q.

「ミルキング」って,看護や介護での腹水や痰などのドレーン排出を促す処置のことだと思っていたのですが,放射化学でも重要なことなんですってね.どんな操作を意味しているんでしょう?

Q.

生物学の実験で「スンプ法」を使って植物の葉の気孔の観察なんかをやりました。この「スンプ」って人の名前らしいのですが,どこの国の人なんでしょう?

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Q.

 以前ネットの英文の記事で,満月を「Blue Moon」と記載されていました.「蒼い(青い)月」ってどんな天体現象なんですか?

A.

 本来の「blue moon」は,火山の大噴火や大規模の山林火災などで,成層圏にまで大量の微小な粒子が運ばれた結果,月の光が青っぽく見える現象を指します.2010年に起きたアイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル火山の噴火の際には,ヨーロッパと世界各地を結ぶ航空便が運行休止になったりして大問題になりましたが,この折にもヨーロッパ各地では「青い月」がみられたそうです.
 元々たまにしか見られない現象なので「once in a blue moon」というのは「めったに起きない」という意味のイディオムなんですが,太陽暦での1ヶ月のうちに二度満月を迎える時の二度目の満月を指す口語表現なのだそうです.文献によっては一度目と二度目をともに「blue moon」と呼ぶと記してあるケースもあります.
 朔望月は29.54日ですから,グレゴリオ暦なら二月以外のどの月でも起こり得るわけで,火山の噴火や大規模山林火災に比べるとそれほど稀な現象でもないはずです.この「月に二度の満月」を拝むとシアワセになれるという話はどなたが言い出したのか不明ですが,それほど古いことではないようです.
 50年間に24回めぐってきますが,一月にブルームーンが見られると,次の三月にも同じようにブルームーンが観測出来ることが多いので,年によっては大して間隔をおかずに観測することが可能となります.
 最近のブルームーンの日付については、下記のウェブページなどをご覧になるとよろしいでしょう.

ブルームーンを見よう - The Moon Age Calendar
(www.moonsystem.to/special/bluemoon

 1953年に封切られた「月蒼くして」(原題名The Moon is Blue, ウィリアム・ホールデン,マギー・マクナマラ主演)はロマンス映画の名作として今でも語り継がれていますが,本来のタイトルはやはり「めったに起きないこと」の意味だったのだそうです.

Q.

 「ミルキング」って,看護や介護での腹水や痰などのドレーン排出を促す処置のことだと思っていたのですが,放射化学でも重要なことなんですってね.どんな操作を意味しているんでしょう?

A.

 もともと「milking」は乳牛などの搾乳のことで,「milking machine」は「搾乳機」です.放射化学で用いる「ミルキング」操作は,比較的半減期の短い放射性核種を,比放射能の高い状態で単離する手法のことです.医療診断方面ではよく用いられていて,もうあまりにも当たり前となってしまっているかも知れません.
 比較的長半減期の親核種が壊変して生じる娘核種の半減期が短いと,適当な時間放置すると両者の間に放射平衡が成立します.つまり,親核種の数に比例した娘核種が常に存在することになります.α壊変やβ壊変の場合には,親核種と娘核種は別の元素ですから化学的に容易に分離可能で,娘核種を分離して医療診断などに使用したあと,しばらく(通常は半減期の二倍以上)放置していくと再び放射平衡に近い量まで生成してくるので,これをまた分離して診断などに使用することが可能となります.この操作を,乳牛から定期的に搾乳する操作になぞらえて「ミルキング」とよぶのです.以前は短寿命のトレーサー核種を調製するのに普通に用いられる方法の一つで,別に医療関係だけの専門語ではありませんでした.
 医療診断でよく用いられるテクネチウム-99mは、半減期が6時間ほどと短い(体内に導入しても一日で16分の1ぐらいに減ってしまいます.この位の短い半減期の放射性物質による危険は,よっぽどたくさん摂取しない限りほとんどないのです)ので,病院などでは通常は親核種のモリブデン-99(半減期66時間)を購入して,専用の99Mo/99mTcジェネレータにより診断の直前に分離・精製して使用するのです.翌日になると平衡量の95%以上のテクネチウム-99mがまた生まれてきています.
 現在のわが国では看護学科や介護専攻の学生さんが急激に増加したものの,昔風の放射化学の講義をきちんとされているところが珍しくなったということですが,このようなご質問が出るのは,ひょっとしたらこの大事なことが閑却されているのかもしれませんね.

Q.

 生物学の実験で「スンプ法」を使って植物の葉の気孔の観察なんかをやりました。この「スンプ」って人の名前らしいのですが,どこの国の人なんでしょう? いろいろ調べてもよくわからなかったのです.

A.

 生物学などのテキストでも,発明の歴史や由来などは案外閑却されているみたいですが,この「スンプ」はSuzuki's Universal Microc Printing Methodのアクロニム(頭文字略語)です.もともと昭和4年に郡是製絲(現在の「グンゼ」)の鈴木純一技師が,生糸などの繊維の表面の観察のために考案した手法で,透明なセルロイドの板の表面を溶剤(アセトン/酢酸エチル系)で軟らかくし,これに検体を押しつけて圧痕(レプリカ)を採取して,固化後に顕微鏡で観察する手法のことでした.つまり水絆創膏のコロジオン膜やマニキュアとおなじような原理のたくみな応用とも言えます.今では練習実験用のキットも売られていて,全世界的にも広く普及しました.
 大正から昭和の初め頃ですから,絹糸や絹織物の生産は当時のわが国の重要な輸出産業の一つでもあったわけで,当時の生産中心地の一つであった京都府の何鹿(いかるが)郡(現在は綾部市に合併されて消滅してしまいましたが)では文字通りの『郡是』であり,社名もこれが選ばれたのです.現在の社名は上述のようにカタカナになった(中国本土での商標は昔通りの漢字を使っているらしい)ので,余計に由来がわかりにくくなってしまいました.
 このSUMP法は,繊維の表面の観察以外にも,動植物の皮膚や表面,鉄鋼や合金などの金相学の研究にも盛んに利用されています.微少な表面構造の観察に有用なので,あまり目立ちませんが鑑識科学方面でも,人間の毛髪や動物の体毛の検出・同定などに活用されています.
 なお,鈴木技師は明治19年に三重県の松阪に生まれ,東京蚕業講習所(のちの高等蚕糸〔現在の東京農工大学の前身〕)を卒業後,郡是製絲に長いこと勤務され,後に大妻女子大学の教授になられました.昭和8年には朝日賞受賞.昭和29年には藍綬褒章を受章されました.
 もっと詳しい情報をお望みの方々には「ケペル先生のブログ」(アドレスは下記)が御参考になるかと存じます.
  http://shisly.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-8767.html