第174回
山崎 昶先生が答える化学質問箱
回答者プロフィール
やまさき・あきら
1937年生まれ.東京大学理学部化学科卒業.
元日本赤十字看護大学教授.
おもな著書に「化学の常識なるほどゼミナール」「落語横丁の化学そぞろ歩き」「機密保持と化学」「ミステリーの毒を科学する」,訳書に「化学するアタマ」「先生を困らせた324の質問」「サイエンティスト ゲーム」「続 サイエンティストゲーム」など多数.
山崎 昶先生が答える化学質問箱
第174回 (2017/10/03更新)rss
Q.

 江戸川乱歩作のミステリー(戦前の作品)には,「美女の死骸をそのまま封じ込めた大きく透明な氷の柱」が何度か登場します.でも水を凍らせたら多かれ少なかれ溶存していた空気が気泡となって分離してくるので,冷蔵庫で作る氷ように白濁してしまうはずなんですが……

Q.

 「鬱金香」ってどんな花なのでしょう?

Q.

 根瘤バクテリア,マメ科以外の植物とは共生しないのでしょうか?

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Q.

 江戸川乱歩作のミステリー(戦前の作品)には,「美女の死骸をそのまま封じ込めた大きく透明な氷の柱」が何度か登場します.でも水を凍らせたら多かれ少なかれ溶存していた空気が気泡となって分離してくるので,冷蔵庫で作る氷ように白濁してしまうはずなんですが……

A.

 今のような大能力のエアコンの設置がまだ難しかった頃,百貨店の夏の客寄せの目玉にこの「氷柱」がありました.中に美しい生花やきらびやかなおもちゃなどを封じ込んだものもあり,当時の子供達は手のひらやほっぺたをすりつけて片時の涼しさを文字通り肌で感じていたのです.
 この氷柱は,当時のことですからもちろんほとんどが天然氷で,そのための大きくて透明なブロックは秩父や日光あたりの湖や池に張った氷を,寒気の厳しい内に切り出して,夏まで氷室に蓄えたものでした.これは現在でも(以前ほどではないにせよ)行われていて,人造の氷よりもずっと高値で取引されているようです.
 ただ,生花などを封じ込めた氷柱は当時もブライン(塩化カルシウムの濃厚溶液)を使う,いわゆる「電気製氷」によって作られていました.この際には氷結させるための容器に純水を入れ,途中まで凍ったところで容器の上下をひっくり返し,析出した空気の泡を追い出してそのまま全部が凍るまで冷却する方式だったので,百貨店の氷柱もこれで作られたはずです.乱歩のミステリ−の氷柱も恐らくはこれと同じ方法で作成されたのでしょう.
 ついでですが,南極大陸やグリーンランドなどの巨大氷床から切り出された氷には,一見したところ気泡を全く含まない透明度の高いものがありますが,これは上部からの氷層の圧力が大きいので,気泡の体積がどんどん小さくなって肉眼では認められないほどになっているからです.オンザロックで水やウィスキーなどに入れると,音がしてこの気泡がはじけることからも,空気がどこかへ消えてしまっているわけではないことがわかるのです.

Q.

 「鬱金香」ってどんな花なのでしょう? 何となくウコンのような香りを持つ花卉の漢名みたいに思えるんですが,唐詩選にも出てくるぐらい歴史があるのに,注釈は「チューリップ」だとか「サフラン」,「クロッカス」などいろんなことが書いてあって,現代のわが国の中国文学者の教養のなさが窺えるみたいですが.

A.

 「唐詩選」にある劉廷之の「公子行」の一節に

  娼家ノ美女鬱金香 飛ビ来リ飛ビ去ル公子ノ傍

という有名な句があるぐらい古い初唐の時代から世人に知られた花なのですが,たしかに現在われわれが目にする諸注釈では「チューリップ」と記してあるのがかなり多いようです.でもこれはどう見ても時代錯誤で,今から1000年以上前に,現在のトルコあたりを原産とするチューリップが漢土に渡来していたという証拠はありません.それに「香」という文字が使ってありますけれど,現在のチューリップにはほとんど芳香らしいものがないのです.やはりこの詩で,色街の美女の形容に使われているのは,ペルシャあたりから伝来の「サフラン」のほうが似つかわしいかと思われます.
 明治以後になると,当時の翻訳家は訳文の選定に際して,上海あたりで編纂された「華英辞典」や「英華辞典」を大いに参照にしたらしく,当時(19世紀中葉)の「現代中国語」ではすでに訳語としてチューリップに対して「鬱金香」のほうが定着・普及していたことが,お尋ねのような混乱の原因かと存じます.わが国へチューリップが渡来(オランダ経由)したのもこの時代だと言われています.

Q.

 根瘤バクテリア,マメ科以外の植物とは共生しないのでしょうか?

A.

 根瘤バクテリア(最近では漢字制限のために根「粒」の字を使うようになって,学術用語もこちらになっています)は,ほとんどのマメ科の植物と菌界の共存共栄関係にあことが知られています.根についているのは,どうみても「瘤(こぶ)」で「粒」ではないのですが,ひょっとしたらたまたま粒状のものをごらんになったエライ先生がこちらにお決めになったのかも知れません.
 現在のように多種多様の肥料(合成も天然も両方)が容易に入手できるようになる以前には,主に西日本で使用された「緑肥」というものがありました.これは秋に水田のイネを刈り取ったあと,レンゲ草(マメ科)の種子をまいて,春に開花した頃(丁度田植えの直前ぐらいになりますが),全草をそのまますき返して土壌と混ぜ,あとは根瘤バクテリアが空気中から吸収,代謝してくれた窒素分を肥料として利用するというもので,やはり地温の高い西日本地域でないと,十分には機能しなかったのですが,まさに今日喧しい「無公害農法」の走りと言えるかも知れません.
 その昔,現在のように新興住宅地のスプロール化がまだあまり激しくなかった頃,「近鉄の大阪線の東行きの高架ホーム(奈良盆地が一望の下に見渡せる格好の場所でもあります)から北を見ると,一面の田圃がレンゲ草の紅紫色に染まってなかなか綺麗だった」という懐古談を伺ったことがありますが,この緑肥利用が盆地のほぼ全域にわたって行われていたことがわかります.
 マメ科植物以外にも根瘤ができる植物があります.ハンノキ,ヤマモモ,グミなどですが,その数はわずかです.それに多くは木本なので,レンゲ草のように土壌にすき込んで緑肥とするわけにもいきませんから,やはりマメ科に限定された共生関係と考えて置く方が安全かも知れません.