第160回
山崎 昶先生が答える化学質問箱
回答者プロフィール
やまさき・あきら
1937年生まれ.東京大学理学部化学科卒業.
元日本赤十字看護大学教授.
おもな著書に「化学の常識なるほどゼミナール」「落語横丁の化学そぞろ歩き」「機密保持と化学」「ミステリーの毒を科学する」,訳書に「化学するアタマ」「先生を困らせた324の質問」「サイエンティスト ゲーム」「続 サイエンティストゲーム」など多数.
山崎 昶先生が答える化学質問箱
第160回 (2016/6/22更新)rss
Q.

サプリメント売り場で目にする「クレアチン」ですが,この化合物の発見者を調べたら,フランスのシェヴルールだと書いてあるものと,ドイツのペッテンコーフェルだという文献がありました.どちらが本当なんでしょう?

Q.

「クルクマチンキ」って何に使われたのですか?

Q.

翻訳のミステリを読んでいたら,どうもトパーズ(黄玉)と黄水晶とが混同されているような文章がありました.石に詳しい先輩に聞いたら,「たしか英国では、地方によっては黄水晶のことをトパーズと呼ぶそうだ」といわれたのです.この頃流行のパワーストーンでもあるらしいんですが,こんなあやふやなものだと,一体どちらを指しているのかわからなくなってしまいました.

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Q.

サプリメント売り場で目にする「クレアチン」ですが,この化合物の発見者を調べたら,フランスのシェヴルールだと書いてあるものと,ドイツのペッテンコーフェルだという文献がありました.どちらが本当なんでしょう?

A.

 クレアチン(1-メチルグアニジノ酢酸)は,長命の化学者(103歳で逝去しました)でもあったシェヴルールが,骨格筋に含まれていることを発見し,筋肉を意味するギリシャ語の「(=creas)」を元に命名した(1835)と言われます(なお膵臓の英語名は「pancreas」もこれと同じ語源だそうです).ペッテンコーフェルが発見したのはクレアチンの代謝生成物である「クレアチニン」(1-メチル-2-アミノ-4-イミダゾリノン)の方なので,多分校正ミスのせいで混同されたのだろうと考えられます.
 クレアチンは最初筋肉自体の重要成分だと考えられたためにこのような名称が付けられたということですが,やがて,エネルギーの貯蔵体(クレアチンリン酸)としての役割の方が重要だということが判明し,そのため急激にATPを消費するスポーツなどにおいて,疲労回復に有効だというわけでサプリメントの仲間入りをしたようです.「リービッヒエキス」(第79回で取り上げましたが)も,筋肉のエネルギー源としてクレアチンのような含窒素化合物が重要であると考えたリービッヒ(ペッテンコーフェルの恩師)が考案したものですが,実際にはいろいろなアミノ酸や蛋白質の濃縮物でありました.

Q.

 「クルクマチンキ」って何に使われたのですか? 濾紙に浸して試験紙にしたのだという説と,利胆剤としての飲み薬だよという話の両方があるんですが.

A.

 これは多分どちらも正しいのだろうと思います.その昔は「薑黄丁幾(きょうおうちんき)」のようないかめしい字を書きましたが,この頃健康食品としてもてはやされているウコン(鬱金,Curcuma longa Linne)の根茎のアルコール抽出物です.以前の化学の実験室では,この主要成分であるポリフェノール類の黄色色素のクルクミンをpH指示薬やホウ酸の検出試薬として用いられてきました.第二次大戦後の薬品がなかなか入手しにくかった時代,カレー粉をアルコールで抽出してクルクミンを取ったものだよという経験を話して下さった大先輩もおられました.
 生薬としての利用の歴史も長いのですが,中でも後漢の王充(27?97?)の著である『論衡』に周の成王(二代目の君主,紀元前11世紀頃の在位)時代の歴史として「天下太平にして,越裳白雉を献じ,倭人鬯草を貢す」という一節があることは比較的よく知られています.この「鬯」は「チョウ」という音ですが,部首としては「くすりざけ」と読むのだそうで,「鬯草」はこの薬用酒に添加する生薬の「ウコン」だというのが通常の解釈なのですが,「倭」がどこを指すかは今でも判然としません.でもウコンが栽培できるのは南九州以南の温暖な地域でなくては無理なので,沖縄諸島のどこかだろうと考えられているようです.
 この「鬯」はもともと「くろきび」〔普通には高梁(コウリャン)だとされていますが,アフリカ原産のトウジンビエを指すという異説もあるらしい〕製の酒のことですが,これに薬草や香料を漬けて有効成分を浸出したものを殷の時代から薬用にしたことから,「鬯草」もこれに配合する専用の薬草の意味となったのだそうです.

Q.

 翻訳のミステリを読んでいたら,どうもトパーズ(黄玉)と黄水晶とが混同されているような文章がありました.石に詳しい先輩に聞いたら,「たしか英国では、地方によっては黄水晶のことをトパーズと呼ぶそうだ」といわれたのです.この頃流行のパワーストーンでもあるらしいんですが,こんなあやふやなものだと,一体どちらを指しているのかわからなくなってしまいました.

A.

 ヨーロッパでも中世までは、トパーズと黄水晶とを厳密に区別することは行われていなかったようです.わが国の本草学者たちも,江戸時代の末までは特に区別しなかったと言うことです(石井研堂『明治事物起源』など).
 トパーズ(黄玉,Al2SiO4(F,OH)2)と黄水晶(シトリン,SiO2)とは結晶の形も違うのですが,採取したての汚れたままだとよく間違えるという経験者のお話を伺ったこともあります.黄水晶は以前には「シトリントパーズ」とも呼ばれていたようで,今でも印材などによく使われていますが,モース硬度もトパーズは8、水晶は7ですし,どちらも柱状結晶ですが,結晶系が違うので,トパーズは斜方晶系なので潰れた矩形,水晶はご存じの通りの六角形を示しています.
 この「シトリントパーズ」の省略形として「トパーズ」を使う地方というのはたしかスコットランドの一部だという記載を見たことがあるのですが,手元には確実な資料がないのでよくわかりません.ただこれは単なる省略形ではなくて,中世以来の名称(現代では誤称扱いになりますが)が僻地(?)に残存しているためかと思われます.