第162回
山崎 昶先生が答える化学質問箱
回答者プロフィール
やまさき・あきら
1937年生まれ.東京大学理学部化学科卒業.
元日本赤十字看護大学教授.
おもな著書に「化学の常識なるほどゼミナール」「落語横丁の化学そぞろ歩き」「機密保持と化学」「ミステリーの毒を科学する」,訳書に「化学するアタマ」「先生を困らせた324の質問」「サイエンティスト ゲーム」「続 サイエンティストゲーム」など多数.
山崎 昶先生が答える化学質問箱
第162回 (2016/8/24更新)rss
Q.

さるところで目にした昔の「イロハかるた」(関西風?)には,「二階から目薬」というのがあって,薬売りが紙包みを持っている絵が描いてありました.当時は液体の点眼剤はなかったのでしょうが,どうやって使ったのでしょう?

Q.

アイスクリームなどに添加されている着色用天然色素のベタシアニン,一体どんな植物から採取しているんでしょう?

Q.

山菜や野草の「アク抜き」,昔ならば木灰,今なら重曹を使って処理することですが,どのようなメカニズムによるのでしょうか?

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Q.

さるところで目にした昔の「イロハかるた」(関西風?)には,「二階から目薬」というのがあって,薬売りが紙包みを持っている絵が描いてありました.当時は液体の点眼剤はなかったのでしょうが,どうやって使ったのでしょう?

A.

 江戸時代の末頃,ところによってはもっと後まで,わが国の家屋では、特に冬季など暖を取ることを優先して、換気の悪い空間で炊事などの火を使うことが多かった結果,眼病を煩う向きが少なくありませんでした.その対症薬としての目薬も古くから販売されていたのですが,大部分はペースト状,さもなければ粉剤を水で溶いて糊状にして,細い筆(面相筆)や柔らかい羽毛で目尻に日に何度か塗布するのが当時の用法だったといわれます.
 現在のような液状の目薬の元祖は,幕末から明治にかけての実業家でマルチタレントの一人であった岸田吟香(画家の岸田劉生の祖父)が,ローマ字で有名なヘボン博士から教えを受けて作り出した「精梢紂廚最初です.これは硫酸亜鉛の水溶液(濃度1:450)ですが,「精勝廚蓮zink(亜鉛)」の当時(清代)の上海地域の発音(南京官話)による当て字のようです.明治元年にまず上海で売り出し,その後明治8年に銀座に店を出して一世を風靡しました.ガラス製の容器にコルク栓という斬新(当時としては)なもので,この空き瓶は現代のコレクター達の垂涎の的となっているらしいです.
 ただ,容器こそガラス瓶となったものの,まだ今日風のお馴染みの容器(目薬瓶)ではなく,やはり細い筆,またはガラス棒を使って目に滴下する方式だったそうです.このあたりは,佐賀県薬剤師会の解説しているウェブページ(www.sagayaku.or.jp/kusuri100w/100w-framepage.html)の「くすり百話」にはもっと詳細なエピソードがしるされています.

Q.

 アイスクリームなどに添加されている着色用天然色素のベタシアニン,一体どんな植物から採取しているんでしょう? 友人に聞いても「赤カブだ」とか,「二十日大根(ラディッシュ)の皮だ」などと出まかせみたいな返事しかかえってこないんですが.

A.

 これは北海道で大規模に栽培されているテンサイ(「甜菜」〔学名Beta vulgaris〕)からえられる赤色の色素です.アカザ科などアントシアンを生成できないいくつかの種類の植物に共通して見られるものなのですが,この甜菜もその一つです.俗に「赤蕪」とか「砂糖大根」とも呼ばれるので,ご友人方は早とちりでそのように思われたのでしょうが,甜菜はアブラナ科ではないので,単に根の形状が似ているところからついた俗称のようです.なお「テーブルビートが原料」と記してある文献もありますが,同じアカザ科ではありますけれども,こちらはロシア料理のボルシチなどの材料になるらしく,搾液の糖分含量は格段に低い(ただしベタシアニンなどの色素含量は時にかなり高いものがあるらしい)ので,ひょっとしたら生産地ごとに多少の原料の違いがあるのかも知れません.
 このベタシアニンは、アントシアンやフラボンなどとは違って窒素を含むインドール系の色素のグルコシドなのですが,抗酸化作用や抗菌作用があるということで,甜菜以外のいろいろな植物(ブーゲンヴィリアや松葉牡丹,アマランサスなど)にも予想外に高含量のものがあるらしく,これらからの採取も検討されているようです.意外なことに毒キノコとして有名なベニテングタケの赤色もこの色素に由来しているということです.

Q.

 山菜や野草の「アク抜き」,昔ならば木灰,今なら重曹を使って処理することですが,どのようなメカニズムによるのでしょうか? 単なる中和反応だけではないと思えるんですが…

A.

 野菜類と違って,山菜や野草類はもともと人間などに食べられては困るためか,奇妙な臭気を持っていたり,口にすると不快な味を示すものが少なくありません.現在の野菜だって,原種に近いものは苦味が強かったり,口が曲がるほど酸っぱかったりするものが結構多いのです.これらの口にすると不快な味覚や触覚をもたらすもの一切を,昔の人は一括して「アク」と呼んだようで,これらがアルカリ性の水溶液で煮沸処理することで除去可能なら,「アク抜き」すれば食膳に供することも可能となったわけです.
 この場合は明らかに中和反応による可溶化を利用しているわけですが,救荒植物の中には,もともとは有毒だけれども、このアク抜きは同時に除毒処理にもなるケースもあって,別にアルカリを必要とせず、何度かのゆでこぼし(沸騰水での処理)で無毒化が可能なものもあるのですが,この場合も同じように「アク抜き」と呼ばれることが少なくありません.
 ただ,シュウ酸やホモゲンチジン酸、タンニン類などの有機酸性物質は,このアルカリ性の水溶液による煮沸処理が極めて有効なので,結果的には大部分の「アク抜き」が中和反応を利用しているというのは確かに事実であります.
 一方,酸による処理(酢締めなど)は主として鮮魚などの動物性食品に対して行われているようですが,この場合も同じように中和反応による無毒化(水溶性を増加させて除去しやすくする)ではあるものの.「アク抜き」と呼ばれることはほとんどないようです.