第172回
山崎 昶先生が答える化学質問箱
回答者プロフィール
やまさき・あきら
1937年生まれ.東京大学理学部化学科卒業.
元日本赤十字看護大学教授.
おもな著書に「化学の常識なるほどゼミナール」「落語横丁の化学そぞろ歩き」「機密保持と化学」「ミステリーの毒を科学する」,訳書に「化学するアタマ」「先生を困らせた324の質問」「サイエンティスト ゲーム」「続 サイエンティストゲーム」など多数.
山崎 昶先生が答える化学質問箱
第172回 (2017/07/28更新)rss
Q.

 「朔旦冬至」ってどんなことなんでしょう?

Q.

 銀河年って,どのぐらいの長さなのですか?

Q.

 「雪迎え」って,クモ(蜘蛛)の子が自分で吐き出した糸を風の力を利用して遠くへ移動するのだそうですが,思いの外遠くまで移動が可能なのだとか.そんなことが可能なのでしょうか?

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Q.

 「朔旦冬至」ってどんなことなんでしょう? 以前は宮中などでいろいろと行事があったらしいのですが?

A.

 太陰太陽暦の採用されていた時代,19年(メトン周期)ごとに月の相(満ち欠け,つまり太陰暦の日付)と太陽暦の日付が重なる(正確には多少のずれが存在しますが)ので,いわゆる「旧暦」での11月1日(これを「朔旦」といった)と冬至が重なる時をこう呼んで,新しい年(および新しい年紀)の始まりとして,祝賀の儀式もあったのです.ここで11月1日が新年の始まりとされているのは,周時代の暦法を採用していたためなのですが,現在の太陰太陽暦のように一月が新年となったのは周の時代よりももっと後世のことで,漢の武帝の御代に改暦が行われたとき,寅の月(つまり1月)を正月とすることに定められたのが現在にまで伝えられているのです.
 冬至と旧暦の11月1日が重なると,冬至よりも1/8年(46〜7日)あとにくる立春の日取りも前年の年末にくることになります.
 古今集の巻頭にある在原の元方の

(ふる年に春立ちけるによめる)
としのうちにはるはきにけり,ひととせをこぞとやいはむことしとやいはむ

は,正岡子規が「歌よみに与ふる書」の中で「内容皆無の歌だ」と口を極めて罵倒したことで却って有名にもなったのですが,実は暦学上での記念すべき重要な出来事を巧みに詠んだものなのです.明治政府が新暦(グレゴリオ暦)を採用後は宮中におけるこの「朔旦冬至」に関連の儀式は旧来の陋習の一つとなって廃絶してしまい,古典文学の素養に事欠かなかった大俳人にも理解できなくなっていたのでしょう.

Q.

 銀河年って,どのぐらいの長さなのですか?

A.

 英語ではgalactic yearというのですが,太陽系が銀河中心の周りを1周(公転)するのに必要な時間を指しています.現在のデータからは2.25〜2.5億年と推測されています.太陽系は誕生以後すでに約20銀河年(18〜22銀河年)を経過していることになります.
 銀河系は巨大なので,中心核の近傍とはるか周辺部では公転の角速度に差がありそうに思えるのですが,他の銀河と同じように,ほとんどの場所で光源の角速度は等しい値を取っています.
 地球の長周期気候変動に対するミランコヴィッチサイクルの中での周期の一つにこの「銀河年」も対応しているのではないかとも言われているのですが,地質年代もこの銀河年も数値にばらつきがかなり大きいので,今のところまだ「?」の段階でしょう.ただ,古生代における生物相の激変が,ほぼこの間隔で起きている(つまり大きな気候変動に対応しているのではないか)という考察もあるので,単なる偶然の一致として一蹴してしまうにはちょっと問題がありそうです.もう一つ困ったことに,銀河中心に対する太陽系の公転速度が,過去十何億年にも亘って一定不変であったという保証がないので,このゆらぎはもっと大きくなりそうだという考察もあるのだそうです.

Q.

 「雪迎え」って,クモ(蜘蛛)の子が自分で吐き出した糸を風の力を利用して遠くへ移動するのだそうですが,思いの外遠くまで移動が可能なのだとか.そんなことが可能なのでしょうか?

A.

 クモ(蜘蛛)は自分の産んだ卵を纏めて糸で包み「らんのう」をつくります.種類によって形状はさまざまですが,幼虫はこの中で孵化し,一度脱皮してからこの壁を破って外部に出てきます.つまりわれわれの目に触れるのは「二齢」になったものなのです.
 子グモ達は最初はこのらんのうのそばでじっとしているようですが,やがて文字通り「蜘蛛の子を散らすように」新しい世界へと動き出します.この折に虫体の尾部にあるイボ状の分泌腺(吐糸腺)から,蛋白質が主成分(蚕の吐く絹糸とかなり似ている)である液体を射出すると,これが空気中で固まって糸となるのですが,何しろ虫体も軽いので,長さが1m以上になると風を受けて浮き上がり,やがて空高く舞い上がることが可能です.
 航空機に捕虫装置をつけて高層大気の動物相を調査する研究は以前から行われていますが,かなりの場合にクモが発見されるそうです.時にはジェット気流に乗って太平洋を横断するほどの長距離飛行(ただし風任せ)をやってのける個体も少なくありません.
 このようなクモの行動は「バルーニング(ballooning)」と呼ばれるのだそうですが,クモ類が全部行うわけではなく,それも幼生に限られる(身体の小さい種類では成虫も行うらしい)ようで,晩秋に見られるのが「雪迎え」,春から初夏に見られるのを「雪送り」と呼ぶのは,この現象がわが国で比較的よく見られる山形の米澤盆地での呼び名が一般化したもののようです.
 英語では「gossamer」というのですが,聖母マリアの紡いだ糸の切れ端で,経帷子からちぎれたものだとか,いろいろと不思議な話が伴っています.ただ西洋では,この言葉は「天から降ってくるもつれた糸の塊」を指し,クモが一緒にいることはほとんど知られていなかったようです.つまり,漢土で言う「遊糸」にあたるもので,もっともわが国でも古くは「糸遊(いとゆふ)」と呼んだようですが,これはひょっとしたら漢詩文にある「遊糸」の訳しかえかもしれません.「かげろふ」と呼ぶこともあり,これだと平仮名に直したら「陽炎」や「蜻蛉」と同じになってしまいますので,古文の読解時には留意する必要がありそうです.
 この「雪迎え」を動画に撮影したものがユーチューブで紹介されています.
  https://www.youtube.com/watch?v=eELCMPiakfU